SNSが楽しい孤独な寄り合いでは完璧に無くなってしまった

 インターネットやSNSが好きだったとも生活必需?とも言われると首を傾げてしまうが。少なくとも何かしらのおもろさがあった。自分は10年前から他人とコミュニケーションとしてのツールとしては用いてなかったが。趣味が合いそうな人間の独り言を掬い取りまたは掬い取られたり。あくまで他人から距離が一切縮まらないけれども。認識はしてる。そしてその認識でおもろさや楽しさがあったことは間違いない。

 

熱が伝導していく感覚の小さいコミュニティでの小規模な盛り上がりも振り返れば楽しかったのかな?と思う。

 

しかし今はマジでソレが無い。理由は明確に二つで。1つ目は私自身がその好きなモノに対して真っ直ぐに好きとは言えないし、ぶっちゃけ失望してるから。二つ目はインターネットやSNSというものに対しての失望が半端ない。昔からSNSを小馬鹿にして、へらへらしてなんかやってきてたけど。今は失望が凄い。

 

SNSの反対でじゃあ現実の環境が変わったからそーゆー考えになっていたのか?と考えるとゼロじゃないだろうと思う。何よりもう中年だ。何も持ってない人間であろうと年は取る。生きてる限りね。そしたら色々と考えも変わってくる。

 

ここは自分がいるところではないと確信しつつ、かといって華がある現実を生きてはいない。けれども不快を感じる場所に敢えて居続けるのもおかしい話だし。

 

今は数は少ない友人知人と会って、喫茶店でお喋りがしたい。あるいは本を読んで音楽を聴いてゲームして映画観て、アウトプットする先が無い。空洞なインプットを、し続けたい。

 

現実に生きろとか説教できる強い人間では無い。逆に弱い人間だからこそか細い繋がりを大切にして。そして孤独である事自体の肯定はできないが、それでも孤独である自分を否定する事だけはやめてやりたい。

 

最近は本当に失望してる。そしてみんな心が必要以上に老けていってると感じる。必要以上に老けなくてもいい。勝手に老けていってしまうんだから。SNSというモノ全体が老けていってる。それは別に若者のコミュニティに属してないからではなくて。あれ老けてない?若者と年輩の境界線が揺らいでいってる。みんな必要以上に老けていってるからな。