作品をつまらないと言わない事が本を愛してる事なんて決して無い。あり得ない。

多分感情がかなり混ざりつつ書いてるので何言ってるか分からん文章になります。

 

昨日。Twitterを見てたらうーんというtweetを見てて、仕事終わってイケてるミュージックに興奮してお風呂でラジオを聴きながらワハハとして、今ZAZENぽいことして。ウシ書くかいなと思ったので書きます。SATORIはマジ無理。無理無理。だって邪念雑念。明日を生きていくだけで精一杯。ワイの貯金額、悲惨で涙がいっぱいっぱい。なーんてね。と流せせないくらいには毎日ギリギリチョップ。けど深い崖へそうだ行こうとはならないぼんやり具合。ぼんやりしてたって生きていける。だって生きているのではなく。生かされてる。何度だって打ち込んでやるさ。生きてるのではなく。生かされてると。

 

本題、もやもやしたtweetについて作家さんが多分なんてこと無いtweetだと思うんだけど。オモロイ本に出会いたければ、つまらんと言う言葉を閉ざして。そしてオモロイ事を楽しく語ってる人に耳を傾けよう。その人は本を愛してるはずだからさ。

 

みたいな発言。

 

なるほど。。。良い話だ。素晴らしい話だ。心が爽やかになる。

 

と思えば良いのだけれど。まぁ言ってるこたぁ分からんでも無い。けど全然自分の中には腹落ちしてなくてこうやってブログに書いてるし。その人はそんな事を言ってるわけでも無いのだろうなぁとは、分かるのだけれども。

 

作品をつまらないと言ってる人は、本を愛してない。

 

そんな事を言ってるわけでないし。穿った目もあるのだろう。というかその人を逆に捉えたらそうなるよね??って押せる言い回しでも無いところがズルいなぁと。そんなんこっちが勝手に思ってるだけじゃんと。

 

実体験なのだけれども。つまらないと作品のことを言ってる人が面白いと言ってる作品が気になって。その人が自分の趣味と近かったらその人がオモロイ言ってた本を手に取る事はあるし。自分の中では、面白いとつまらないがパキッとしてる人のが。信頼できるでは無いな。けど読もうと思うな。別につまらんかったら正直に言えよという訳でなく。面白いの中でもグラデーションがあり。熱の灯り方が違うというのか?何か分かんない?そーゆーの。それは何でも面白いと言ってるそして、読んでみたいなぁと思わせる人の中でもあって。あっ。。。何かイマイチだったけど言葉選んでるや。とか本当に熱を全面に発して面白かったんだぁとか。何か分かるじゃん?そーゆーの??

 

話戻すけど。つまらないモノを言わないで面白いだけを発信していくことってマナーとか思いやりの話だと思ってたんだよね。ソレは他人に対しての配慮であって。愛があるとか無いとかの話ではない。間違いなく。それだけは絶対にあるわけ無い。いや分かるよ、つまらないと言ってる人が本を愛してないと言ってる訳ではない。そんな事は無い。ってさ。ズルい言い回ししてるモンな。けど愛の話であるわけ無いし。

 

本をつまらないと言う人が本を愛してないなんて事は絶対に無い。それだけはあり得ない。だって本を好きだから本を読むわけで。つまらんからつまらんと言うために本を読むなんて事は絶対にない。そんな事は言ってないのは分かってる。けどどうしても言いたくなるからまた言う。本を好きだから本を読むんだ。それがたまたまつまらんかったから。思いやりや配慮が足りないからソレを言っちゃうのかもしれないけれども。愛が無いなんて事は絶対に無い。やっぱり可笑しいわ。思いやりの話を愛の話にされるのはズルいなぁ。そして自分は本をつまらないと言う人でも自分と似たものが好きそうな人がおもろそうな本を読んで読みたいなと思ったら読む。つまらないと言ってるから信頼をするわけでは無いけれども。

 

思いやりの話で誠実だから本を愛してる。そうかもね。けど思いやりが無くて駄目な人間だって本を愛する事くらいはできるわ。だって楽しいもん。何だかんだ書き始めたらムカついてきた。ふざけんな。